2015年7月5日日曜日

観音寺 


普門山 観音寺。鳥取県若桜町小船。

撮影 2015,4,24 日。



文治元年(1185)壇ノ浦から逃れた平経盛は従者共に落折に辿り着くが、 
建久三(1192)年に没する。

平経盛の壇ノ浦後の消息については諸説あるのだが、 
落折平家集落の伝説が確かなものに思える。
  
経盛を開基,菩提寺とする釈王山鹿間寺が、 
小船北十四町(約1,5㌔)辺りに在ったが寺運衰え荒廃する。

永禄年(1558~69)頃、経盛を祖先と仰ぐ落折,小船の住人は、 
龍徳寺三世祖山宗印和尚の協力を得て経盛菩提寺「観音寺」を再興建立させる。
  
文政七(1824)年になり、残る寺宝,記録等悉く焼失する。

現堂宇はつい近年の新築再建となるもの。

                              -記事参考「若桜町誌,八頭町誌」-

















小船神社



おぶね神社。鳥取県若桜町小船。

撮影 2015,4,24 日。 

鳥居=昭和62年再建。



祭神=彦火々出見尊(瓊々杵命の第三子-幼名火遠理命)。

                                     古来より「聖大明神」として天保十三(1842)年に創建。
  
当初本村字屋敷廻りに鎮座していたが、
雪害等に遭い慶応元(1865)年小船浦(現地)に再建。

明治六(1873)年に「小船神社」と改称。

                                      明治十二(1889)年、幣拝殿,神饌殿等の社殿を新築。

  
明治四十三(1909)年にかけて、 
愛宕社(軻遇突知神)延宝二(1674)年創建、
山の神社(大山祗神)安政元(1854)年創建、
三宝荒神(素戔嗚尊)安政元年創建、
秋葉社(罔象女神)あ安政元年創建、 
を順次合祀する。
  
大正九(1920)年池田神社への合併(国策)により、 
無用となった社殿は八東町徳丸へ売却されたが、 
昭和二十六(1951)年に還座されることとなった。

ー記事参考「若桜町誌」-

現在の拝殿(籠堂)は昭和47(1973)年の新築となる。





















稲荷大明神。

享和元(1801)年の棟札が確認されている。



















2015年7月3日金曜日

寺前薬師堂


てらまえ薬師堂。鳥取県若桜町大野寺前。

撮影 2015,4,12 日。

寺前バス停東。












本尊は慶長年中(1596~1615) 藤原家浪士山木四郎太夫は当地寺跡にて 
薬師仏を掘り出したそうな。

享保の末期(1716~35) 龍徳寺渓水和尚は、
掘り出された金の薬師仏を覆う仏像を造らせ、堂宇を建立。
  
近在には「かがみ」という疫病があったが、 
薬師仏出現以来難病はなくなったという。
  
今、大野小船に「かがみ屋舗」というのはその因縁からと伝わる。

-記事参考「若桜町誌」-